トップページ なんでも梅学>南高梅のルーツ
梅の樹 なんでも梅学 知ってる?南高梅のルーツ
梅という生物はな・ハナ・花暮らしの中の梅歴史の中の梅文学の中の梅美術の中の梅みなべ郷の梅
「梅」という生物
プロフィール
花から果実へ発達
はな・ハナ・花
梅の花を解剖!
いろいろな梅花
野梅系緋梅系豊後系
梅の開花前線
お花見マップ
北海道青森秋田
岩手山形宮城福島
群馬栃木茨城千葉
東京東京23区神奈川
埼玉新潟長野山梨
静岡愛知岐阜三重
富山石川福井滋賀
京都京市奈良大阪
和歌山兵庫岡山
鳥取広島島根山口
香川愛媛徳島高知
福岡佐賀長崎大分
熊本宮崎鹿児島沖縄
暮らしの中の「梅」
梅雨と梅の関係
うなぎと梅干し
烏梅(うばい)
歴史の中の「梅」
梅にまつわる年表
日本人と梅干の由来
古い梅干し
南高梅のルーツ
『魏志倭人伝』の梅
弥生遺跡の梅遺物
文学の中の「梅」
ことわざ(言い伝え)
「咲くやこの花」
美術の中の「梅」
日本の伝統色と梅
梅の紋章(家紋)
みなべ郷の「梅」
梅里のおいたち
みなべの栽培品種
気候と海流
地質と瓜谷累層
土壌と梅栽培
農園のある和歌山県みなべ町で生まれた「南高梅」は、
現在では押しも押されぬ「梅」の一流ブランド品です。
その「誕生」には、一体どんなドラマが隠されているのかな?


当時の「高田梅」の原木です
「高田梅」の原木
南高梅の原木「高田梅」
明治35年、晩稲(おしね)に住む
高田貞楠(たかださだぐす)は、
自分の所有する桑畑を梅畑にしようと考え
近所の勇惣佐七(ゆそうさひち)から
「内中梅」の実生苗(みしょうなえ)60本を
購入
して、約30アールの畑に植えました。
「実生苗」とは、種子をまいて
そのまま育成した苗木のことです。

その中に、ひときわ豊かに実り、
大粒で美しい紅のかかる優良種

一本あることを発見しました。
貞楠は、これを母樹として大切に育て、
「高田梅」の基礎をつくりました。

昭和6年、農業経営の将来を梅に託した
小山貞一(こやまていいち)は、
高田貞楠が育てた
門外不出の「高田梅」の原木から
60本の
穂木(ほぎ)を譲り受けます。
「穂木」とは、接木(つぎき)用に
母樹から切り取った枝のことです。


貞一は、苦労を重ねながら栽培を続け、
「高田梅」を継承していきます。
南高梅の母樹「高田梅」
これが現在、樹齢100年近い南高梅の母樹「高田梅」です↑

梅優良母樹調査選定委員会の発足
昭和25年、梅の優良品種を統一して、
市場の安定を図るため、
この地に適した梅を見つけようと、
「梅優良母樹調査選定委員会」が設立され、
貞一も委員に就任しました。

「優良種」とされる37品種を対象に、
5年間にわたる詳細な調査を行いました。
初年度は豊作の年にあたり、各品種とも見事な結実で、
甲乙がつけられない調査結果となり、
2年目に第一合格種として14品種を選抜。
3年目には、さらに10品種にしぼられました。


七系統の優良品種を選抜

小山貞一 ・ 県試験場長 ・ 高田(息子)さん ・ 竹中勝太郎
こうした審査の結果、昭和29年には、
「白玉」「養青」「古城」「改良内田」
「高田」「地蔵」「薬師」

七系統が選抜されました。

その中でも「高田梅」は、
最も風土に適した最優良品種との
評価を受けました。
南部高校園芸科の生徒達
この5年間の地道な調査研究に協力しました。
「梅優良母樹調査選定委員会」の委員長を務めていた
竹中勝太郎(たけなかかつたろう)は、
「南部高校」と「高田」から名をとり、
最優良品種に選ばれた『高田梅』を、
「南高梅(なんこううめ)」と命名しました。
竹中勝太郎
「南高梅」の名づけ親@竹中勝太郎
写真をクリックすると、詳しいプロフィールが見られます

種苗名称登録「南高」
種苗名称登録の出願
昭和38年、選定委員会で最優秀に選ばれた梅「南高」は
申請者・高田貞楠の名前で種苗名称登録を出願し、
昭和40年10月29日、登録第184号の名称登録
農林大臣により許可されました。
種苗名称登録とは、新品種の育成者の功績を称え、
その権利を保護し、育種振興と新品種の普及を
目的として、昭和22年に設けられた制度です。
その品種がまったく新しく、優れた特性を持っているものかについて
厳しい審査を受け、農林大臣の認可を得て登録されます。
昭和53年(種苗名称登録制度から品種登録制度に変わる)までに登録された梅は、
「南高」「龍峡小梅」「玉英」のわずか3品種だけでした。

いかがでしたか?こうして「南高梅」が誕生したのです。
現在では、みなべの梅栽培面積の約7割が南高梅です。
・・・とはいっても、ちいさな村ですもの、みんな身近な人々なんですよ(^O^)
た・と・え・ば
栽培家の幼友達のおじいさん・・・高田貞楠(高田梅の発見者)
栽培家が直々に剪定を習った・・・小山貞一(南高梅の育ての親)
栽培家が区の会計当時の区長さんの父・・・竹中勝太郎(南高梅の名づけ親)
ほらね!なんだか親近感がわいてきませんか?
私達も、先人たちに負けないように、頑張るぞ!!と決意を新たにするのでした
これが最後まで残った「七系統の優良品種」
白玉梅 南部川村に自生していた
豊産性のウメを、
昭和15年頃、接ぎ木し
養成した品種です。

遅霜の被害にも強く、
安定した結実をみせる、
中山間地向けの品種です。

果実が円形で
緑白色しているところから
白玉梅と命名されました。

白玉梅(しらたまうめ)
白玉梅
養青梅(ようせいうめ)
養青梅
養老梅(ようろううめ)
実生(みしょう)変化したもので、
肥沃で通気性・保水力のある
土地での栽培にしか適さない
栽培管理の難しい品種です。

楕円形で緑黄色の果実は大きく
熟しても青いままです。

養老系の青梅用品種なので、
養青梅と命名されました。

養青梅
古城(青玉梅) 愛知県、および和歌山県
西牟婁郡旧上芳養村方面から
導入された苗木に、
混入していたと言われています。

集約(しゅうやく)管理をすれば
結実量が多くなる品種で、
耐病性もあります。

熟期の早い果実は、
大きな楕円形になり、緑色のため
青玉梅(せいぎょくうめ)
命名されました。

古城(青玉梅)
古城(青玉梅)
改良内田梅
改良内田梅
古くから栽培されていた
内本梅が、実生(みしょう)変化し、
大玉果実のみが残存したものです。

樹勢はやや強く豊産性ですが、
結実は不安定で熟期が早く
生理落下の多い品種です。

糸川国太郎氏の梅園で生まれ、
改良内田(かいりょううちだ)
命名されました。

改良内田梅
高田梅(南高梅) 村内全域で栽培され、
全国的に優秀性が
認められている品種です。

豊産性で樹勢は中庸(ちゅうよう)
表面に紅がかかる大きな果実は
梅干にすると果肉が厚く、
皮が薄い最上級品です。

「南部高校」と「高田梅」の名を
とり、南高梅(なんこううめ)
命名されました。

高田梅(南高梅)
高田梅(南高梅)
地蔵梅(じぞううめ)
地蔵梅
日置文蔵(ひきぶんぞう)氏の
梅園産が、南部川村内で
実生変化した品種。

深根性で乾燥に強く、
結実性が高いため、
徒長枝(とちょうし)
あまり発生しません。

果実は小粒で、日置氏の畑が
地蔵さんのそばにあったので
地蔵梅と命名されました。

地蔵梅
薬師梅 徳川時代末期に
松嵜隆太郎(まつざきたかたろう)
の先々代が岩代(いわしろ)区内に
自生する苗木を栽培した品種。

樹勢が強く豊産性に優れ、
熟期の遅い品種です。
少し紅のかかった果実は、
漬け梅に適しています。

松嵜氏の屋号をとって
薬師梅と命名されました。

薬師梅(やくしうめ)
薬師梅
このページは南部川村の許可のもと「南部川村うめ振興館常設展示図録」をもとに作成しました。
一部画像は、高田さん・小山さん・竹中さん、それぞれご子息様の了解のうえ掲載しました。
梅という生物はな・ハナ・花暮らしの中の梅歴史の中の梅文学の中の梅美術の中の梅みなべ郷の梅
Copyright(C) GEKKO FARM All rights reserved. Reproduction in any form prohibited.
〒645-0022 和歌山県日高郡みなべ町晩稲1160月向山 TEL 0739-74-2453  FAX 0739-74-3363
梅の月向(げっこう)農園  園主 月向雅彦  お問い合わせMail gekko@minabe.net